先月末、新国立劇場バレエ団の公演『カルメン』を全3日間観に行ってきた。
同バレエ団のバレエマスター・石井潤振付による完全新作、観る前は期待と不安が入り混ざっていた。しかし初日の1幕目が終わった段階で。今回の公演は成功だと確信できた。もちろん100%満足というわけにはいかないが、舞台作品としての骨格がしっかりとしており、美術・衣装などもシンプルでいてとても印象的なものになっていた。
なによりもダンサー達が非常に良い出来だった。自分たちで新しい作品を作るという高い集中力が舞台全体から感じられ、そのため観客としても目が離せない熱気がそこにあった。
今回は3日間で主役が3キャスト組まれていた。
初日が酒井はな&山本隆之。2日目が湯川麻美子&イルギス・ガリムーリン。最終日が本島美和&貝川鐵夫という組み合わせ。このペアがそれぞれ全く違うカルメン/ホセ像を見せてくれた。同じ作品なのに終わった後の印象は全く違うのである。
初日の酒井はなは何か魂に絶対に満たされない飢餓感を持ち、それをむき出して生きている女=カルメンであった。そしてその魅力にとりつかれた男=ホセは運命に翻弄され同じような飢餓感を持つに至る。そしてお互いの強すぎる意思がすれ違い、ぶつかり合い、そして悲劇に繋がる。ラストの幕が下りた時に感じた印象は「漂白」であった。感動した、とか素晴らしかった、というよりも、"凄いものを観た"。そう思った。
2日目、ガラリと印象が変わる。湯川麻美子のカルメンはガサツですれた女ではあるけれど、普通のスペインの市井の中に生きていた。そして自分にとっての「安らぎ」を求めていた。ホセと出会い、彼に安らぎを求めた。後に闘牛士エスカミーリオにも求めた。しかしホセが彼女を刺した瞬間に、「死」こそが彼女の求めていた安らぎだったことを知った。そう感じさせるカルメンだった。ガリムーリンのホセは、運命に翻弄され落ちていく男、というよりも、自らの選択によって人生を歩む、そういう意思を感じさせた。彼のホセもカルメンに安らぎを求め、そして彼女を刺すという選択を能動的にしたように思えた。悲劇によって終わる作品ではあるが、幕が下りた時には「安らぎ」という言葉が残った。
最終日のペアは共に初の主役である。この抜擢された若手二人が素晴らしい舞台を見せてくれた。本島美和はカルメンという非常に難しいキャラクターを魅力的に演じていた。はっきりとした顔立ちの美人で、さらに視線の使い方が上手いので、ホセが虜になってしまうのも仕方なしと思ってしまった。とにかく「生きること」への強い意志を感じさせるカルメンで、また常に前しか見ないという積極性も感じられた。そのため捨てた男であるホセに対しては非常なまでに冷淡であったし、彼に刺されて死を免れないと分かった時には、「殺されるよりも自ら死を選ぶ」ように自分の体をナイフに投げ出した。そんなカルメンに魅かれてしまったホセ演じる貝川鐵夫は、長い手足と美しいラインの持ち主。少し線が細いが、それが運命に翻弄され、取り返しのつかない過ちを犯してしまったホセというキャラクターに合っていた。初々しく清々しい踊りはホセの純朴さにも繋がり、それが悲劇性をより強調していたように感じた。彼はカルメンに魅かれ、求め、失い、そして取り戻そうとする。果たして彼はカルメンを手に入れることが出来たのか。それはわからないまま幕は下りた。二人の心が重なり合い、そして離れ、ぶつかり合い悲劇に繋がる。とても現実味のある人物造形であったし、その分強く心に残った。
ちなみに最終日の二人は、私がずっと贔屓にして応援してきたダンサーである。本島美和は新国立劇場バレエ研修所を出てバレエ団に入団した2年前から、貝川鐵夫はバレエ団に入ったばかりでまだコール・ド・ダンサーであった4年ほど前から。こういうダンサーが主役として同じ日にデビューして、素晴らしい舞台を見せてくれるのはとても感慨深いものである。拍手の鳴り止まないカーテンコールの時には、感動で胸が一杯だった。普段カーテンコールでは声は出さないのだが、この時ばかりは「Bravo!」と初めて叫んだ。
主役以外のダンサー達も皆高い集中力を持って踊っていた。中でもスニーガ役の市川透の粘着質の演技、真忠久美子/川村真樹/西山裕子によるミカエラの透明感等々、いろんな場面が印象に残っている(メルセデス役の厚木三杏も良かった)。また普段の古典物ではあまり目立たないが、こういう新しい作品になると活き活きとしてくる井口裕之の細かい演技も楽しかった。ただマイレン・トレウバエフのエスカミーリオはミスキャストだと思った。まあこのバレエ団は男性ダンサーの層が薄いので(日本のバレエ団のほぼ全てに同じことが言えるが)仕方ないとも言えるが、彼は実直な性格のダンサーで、こういう派手で色気のある役柄には合わないのだ。再演する時には再考してもらいたい部分である。
そんなわけで3日間通った『カルメン』、個人的には大満足であった。こういうバレエ団独自の作品を持つことはとても重要なので、是非今後再演をしてもらいたいし、次の新作も作っていってもらいたい。
それにしても、新国立劇場の中劇場でのバレエ公演で、全日満席というのは初めての経験だった。今回は今までと何が違ったのだろうか?新作とはいえ、カルメンという馴染のあるモチーフだったからだろうか?特別に知名度のあるゲストがいるわけでもなし、バレエ団としての固定客が増えたということなのだろうか?
なんにせよ、目出度いことだ。
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